カテゴリ:ひとりごと( 70 )

まだまだ制作途中です。

前にも日記にかきましたが、今年から居合道を始めています。
で、おとといの夜、居合道教室の仲間で、飲み会がありました。

剣道や居合いの達人ばかり(これほんと)の輪の中に入って、
いったいどんな話をすればいいのだ?
と少々びくつきながら参加しましたが、、

結局何を話していたかほとんど覚えていませんが、とても楽しい飲み会でした。
(なんじゃそれ)
共通していえる事は、みんなうまくなりたい、上達したい、、そして楽しみたいということ。
それだけは、美術の世界でも同じ事、、、ですね。

さっぱり専門外の世界に身を置くことも、かえって居心地がよかったりする事も
あるんですね。


さて、あいかわらずプラハ作品の制作です。
けっこう時間かかっています。
おそらく着色も、半分は終えましたが、まだ1/3は残っていると思う、、、

意外に小さい作品がまだなんですよ。

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by sketchfarm | 2011-09-19 11:20 | ひとりごと | Comments(0)

蒲生の和紙のこと

今日はスケッチ制作の日、、という事で仕事場にこもっていますが、、
暑いし、なにか停滞気味。
明日からのリビング教室の準備やらなにやらごそごそしつつ、、
色つけがまだの作品の山を眺めて、、う〜ん。。

あ、そうだ!パネルに貼る和紙が必要だ。
と、近所の蒲生和紙工房へ行きました。(気分転換もかねて、、ですね)

すぐ近所なのに、訪問するのは1年ぶりです(笑)
おられるかな、、と思ってそろそろ訪ねると、
暑い中でもちゃんと工房におられました。

ここの和紙は昨年のアルルを描いた作品でも数点使用しました。
(画像はその一部)

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「塔の見える路地」
(2010年 900×450 パネルに蒲生和紙、水彩、パステル、ダーマトグラフ)

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「アルルの町並み」
(2010年 250×300 蒲生和紙、水彩、ペン)


ここの小倉さんが作る蒲生和紙は、とても丈夫。
上の絵の場合も、けっこうな力を加えたり、水分をつかったり無理をしましたが、
平気な柔軟性と強度がありました。
今回のプラハをテーマとした個展にも出す予定で新たに制作してみるつもりです。
さて、どんな作品になるか、、

小倉さんが作る蒲生和紙は昔ながらの手漉き和紙の技をまもっています。
カジの木の皮を原料としていて、真っ白いものと、繊維などがみえる素朴な生成りの
ものとがあります。
漉き方によって厚みが2種類あって、今回購入したのは厚めのもの。
1000ミリ×630ミリで600円。

蒲生和紙工房の小倉さん
〒899-5302
鹿児島県姶良市蒲生町上久徳1487
0995-52-1104
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で、その後、この和紙の切れ端にすこし描いてみました。

プラハのロレッタ教会。
ここは現場でも描いたのですが、鐘の音が美しいなんだか女性っぽいやさしい雰囲気の教会でした。
スケッチや写真を参考に描きおこし。

和紙にペンがほどよくにじみ、走ります。
もともと紙に茶色い色がついているので、ハイライトや白い壁の表現に白いダーマトが効きます。
それと茶色のダーマトと、陰に透明水彩の組み合わせですが、
面白い効果が出かけており、少し手応えを感じました。

面白いのが、通常の水彩紙では、ダーマトの上からは、ペンのインクは
はじけて乗りませんが、蒲生和紙だと、ダーマトの上からも、
ペンや水彩が乗って描けること。なんでだろう?

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by sketchfarm | 2011-09-12 15:09 | ひとりごと | Comments(0)

2夜連続

前回の日記で紹介した映画「砂の器」が、昨日と今夜の2夜連続で
テレビドラマ化されていました。
CMでやっていたのをたまたま見ていたので、近々あるのかな?と
思っていましたが、昨夜の放映を見る事ができました。

映画版が強烈なので、今回はどうだろう、、と思いながら見てましたが、
おちゃらけた所もなく、わりあいスムースに見る事ができました。
映画では、犯人役の加藤剛とベテラン刑事の丹波哲郎は主役でしたが、
ドラマでは、若い刑事の玉置宏が主人公です。

映画にはないキャラ(女性新聞記者)の言動が若干気になるのと、、
今西刑事にからむ同僚のベテラン刑事役のアクの強さが気になります。
そして犯人の友人という評論家キャラがどういう展開をみせるのか、、

ところで昭和30年代の刑事って、
あういう高飛車で偉そうな捜査をしていたんでしょうか。
当時はそんなもんかもしれませんね。
若い刑事の信州の食堂での態度も悪かったですね。

現在の風景の中で、戦前や昭和30年代の雰囲気を残す場所を探すのは
大変だったでしょう。
セットづくりも相当のエネルギーが必要でしょうね。

もともとの「紙吹雪の女」の設定も無理がありましたので、
これは仕方ないとしても、、、
ベテラン刑事役の戦争体験からくるある種の達観した姿勢、
若い刑事の空襲体験からくる罪の意識、などといった設定は
私には、ドラマに重さと説得力を与えることができたように思えます。

ハンセン氏病の表現などをどうするのか、
今夜の2夜目の展開が楽しみです。
by sketchfarm | 2011-09-11 14:17 | ひとりごと | Comments(0)

父と子の映画

今朝、テレビで父と子の映画が面白い、、ということで、
洋画「ツリーオブライフ」と邦画「うさぎドロップ」が紹介されていました。

それに関連して、父と子をテーマにした映画がいろいろ紹介されていました。

「アイアムサム」
「クレーマークレイマー」
「ライフ・イズ・ビューティフル」
「フィールド・オブ・ドリームス」

このなかで、見た事あるのは、、

「アイアムサム」だけです(笑
とてもいい映画だったし、ショーンペンという人の才能、
子役の女の子の天才的演技にほれぼれした記憶があります。
「ライフ・イズ・ビューティフル」「フィールド・オブ・ドリームス」
も見た事あるようなないような、記憶にないですね。

「クレーマークレイマー」は、なんでだろう、あんまりお涙頂戴的宣伝に
当時若かった私は、拒絶感を感じていました。
いまみたら違うんでしょうけどね。

はやり、大人や親になるかならないかで、このテーマの映画を見る姿勢や思いは
ちがってくるのでしょうか。

「うさぎドロップ」はともかく、
(松山ケンイチという役者は、『男たちの大和』の時の少年兵のイメージが
強すぎて、子供にみえてしまうからです)

「ツリーオブライフ」は見てみたいですね。
テーマソングはあのスメタナの「モルダウ」。
プラハに行ったばかりなので、どうしても反応してしまいます。


父と子の映画と聞いて、私にはなんといってもまず最初に頭に浮かぶのが、、

「砂の器」

です。

こればかりは譲れません。(そんなに見てない癖にえらそうですが)

後半の丹波哲郎の長い回想(想像?)シーンの中での、
加藤嘉と子役の名演技を思い出すだけで、涙腺の蛇口が全開となります。
これでもか、とリフレインされるテーマ曲「宿命」が流れるなかで、、

子供たちや若い人にもすすめたい映画ですが、
いまの子たちは、この長い映画を耐えられるかな、、、、、?
難しいかもしれませんね。


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1974年製作。松竹株式会社
原作:松本清張 
脚本:橋本忍 山田洋次
監督:野村芳太郎
音楽監督:芥川也寸志
by sketchfarm | 2011-09-07 10:29 | ひとりごと | Comments(2)

ある意味最後のサムライ その1

(スケッチとは関係ない話ですいません、、)

私は、歴史小説や時代小説が子供の頃から好きで、特に戦国時代などに関する

小説が好きでした。

最近になって苦手だった幕末・維新に関するものも、好きになってきましたが、、



最後のサムライといえば、、、

明治10年の西南の役での、

西郷隆盛であったり、桐野利秋であったりするのはもちろんでしょうが、、

(トムクルーズ/ラストサムライのモデルの一人は西郷さんだったといいます)



幕府軍側の侍では、 最後の戦いである函館・五稜郭の中で、新撰組の土方歳三が戦死し、

他の仲間がほとんど、降伏・恭順していくなか、

最後まで降伏せず、襲いかかる 薩摩連合軍の大軍に対し、

息子2人をともない約50名で立ち向かい、 壮絶な戦死をした侍がいた、、。



幕末を生きた「中島三郎助」の番組がNHKで今夜放送されます。

いくつかの時代小説で、チラチラと出てくる名前でしたが、

以前読んだ、浅田次郎「壬生義士伝」の中にでてくる中島の姿が美しく

(格好よいとか勇ましいとはちょっと違う)

よくぞこの人を選んでくれたNHKさん!!と 嬉しくなりました。


●歴史秘話ヒストリア「世にも数奇なラストサムライ 幕末・中島三郎助」

https://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=001-20110706-21-24275

放送日: 2011年7月6日(水) 午後10:00~午後10:45



紆余曲折、浮き沈みしながらも、激動の時代の流れの中で、常に向学、向上を目指しつつ、

誇りと信念を貫き通した生き様に、そんな人でありたいというあこがれを感じてしまいます。


私の無責任な想像では、かの長崎海軍伝習所に第一期生として入所した際に、

(おそらく)要領がよくそつのない(おそらくですよ!)勝林太郎と

不器用な中島とでソリがあわず喧嘩したか、

持病のゼンソク(私の持病でもある)が要所要所で邪魔をしたかで、

それ以降、歴史メジャーで、思うように活躍できなかったのではないか?

と勝手に 想像していますが、、。


なんだかどこか他人事とは思えないところもある
(と、思い上がりかもしれませんが勝手に共感している) 人物です。

(歴史上の人物なので敬称略とさせていただいております)



よかったらぜひ番組をご覧下さい~

私は残念ながら地元の会合で見れませんので録画します。

<その2に続く>
by sketchfarm | 2011-07-06 09:12 | ひとりごと | Comments(0)

塔のはなし〜続き

今度のプラハ行きは「塔」を描きにいく、、、というお話は

先日させていただきました。

しつこい様ですが、なんでこんなに「塔」が気になるのか、、



これはやはり、小さい頃のトラウマのようです。

5才ごろより羽曳野市から引っ越してきて住んだのが、大阪市内の

府営住宅である団地。

我が家の12号館の3階のベランダから東の方向をみれば、

とてもシンプルで意味ありげな巨大な塔がいつもあった。

下から長く高い円錐形が伸び、最上部には逆円錐の頭部がのっかるモニュメンタルな形状。

それが、給水塔であり、何をするための塔なのかと知るまでには、相当な時間がかかった。

なにやら格好よく、我々の団地での暮らしを象徴するようで誇らしかった。

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(写真は色が若干違うが同型のもの。幼い目からみてとても巨大だった。)


5才の時に、大阪万博が開催され、地下鉄が延長された。

自分たちの駅が御堂筋線の南の終点「我孫子駅」で、

北の終点が万博の駅「千里中央駅」だった。

会場はとても混雑していて1度では見回ることができなかったのだろう。

何回もバンパクに連れていったもらったようだ。

そんな会場のど真ん中にそびえ立つ、奇怪な塔がこれ。

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こんなのを5才の子供が見たらどうなるか、、

夜には目玉から強烈な光が放たれていたし。単純に怖かった。


夏には、団地のベランダから富田林のPLの花火がよく見えた。

PL教団はバンパクと同時期に、これまた偉いケッタイな塔を立てた。

近くにいった際などは、その奇抜で有機的な形状に、

なにか不安げで気持ちをゆさぶられるような感覚を覚えたものだった。

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小学校高学年になると、自転車で天王寺あたりまで走っていくことが多くなった。

そんな時、いつも目に飛び込んできた塔があった。

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大阪名物・通天閣ですが、

この形状はさきほどの給水塔と共通するバランスをもっており、

塔とはこういうバランスが安定的なのだ。と妙に納得したものだ。


PL教団の塔は戦没者への鎮魂の意味があるということだが、

それ以外の塔に宗教的な意味はない。

しかし常に空を希求し、地べたをうろうろする小さき人間を睥睨する

これらの巨塔たちに物心ついたときから圧倒されていた、、、という事も

なにか影響を得ているように思えてなりません。
by sketchfarm | 2011-07-04 15:56 | ひとりごと | Comments(5)

百塔の街へ

以前少し書いていましたが、
別名「百塔の街」として知られる、東欧の国チェコの首都、プラハ行きが
決定しました。

学生時代から「塔」に興味があり、近所の寺の三重の塔や、大阪万博の太陽の塔、
富田林のPLの塔なども、小さい頃からよく見ていました。

私見ですが、塔ってやっぱり、人間の理想を求める願いや天に少しでも近づきたい、、
という精神の高みへの希求のあらわれでもあり、、

一方、誰よりも高くありたい、、己の権力や財力を誇示したい、、などの
我執や欲望のかたちでもあり、、、

そのどちらも備わったアンビバレントな状態こそが塔であると思います。
それは人間、もちろん私自身の投影でもあります。

ですので、塔だったらなんでもよいのではなく、
やはり精神性のシンボルたる塔にググッとひかれるわけで、
東京タワーやスカイツリーなどの、ただ機能的な高さを求めた電波塔のたぐいには
まったく興味がないのであります。

理想と我執が入り交じり、救いを求め続ける人間の姿が、建築となって
形になったのが「塔」

プラハにはそんな塔が100個もあるらしい。
ここのところ、どういうわけか無性に「塔」が描きたい、、という思いが募り
思い切っていくことにしました。

昨年のアルルでは「路地」ばかり描いていましたが、、
今回は「塔スケッチコレクション」になりそうです。
7月下旬の予定。
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by sketchfarm | 2011-06-01 23:20 | ひとりごと | Comments(0)

衝動をこえて

台風は風が吹くこともなく過ぎ去りそうです。

さきほどNHKで棟方志功の番組を見ました。
1970年のもので、おそらく子供の頃見たような記憶がある。
あの牛乳瓶の底のような眼鏡をかけて、板すれすれに顔をすりつけるように
一心不乱に彫刻刀をふるう姿は脳裏にやきついていた。

それを片岡鶴太郎さんが紹介するという体裁で進んで行くのだが、
棟方志功がゴッホにあこがれて画家をめざしたこと、
棟方芸術の原点には、青森のねぶたがあったこと、、、など驚きの内容でした。

棟方志功、ゴッホ、片岡鶴太郎、、、
その共通項が片岡さんが語っていた言葉であらわされる。

「うまく描こうと描くのではなく、感じたもの告白するように描く。」
「見えるような色をつけるのではなく、感じた色をつける」

その内容は、永沢まこと先生が常におっしゃられている事とまったく同じであり、
「感動がなければ生きたスケッチがかけない」という平山郁夫先生のことばとも
共通するものだ。

永沢先生も、片岡鶴太郎も、ほぼ40才で人生に、区切りをつけていたというのも、
自分も、40才でスケッチを始めたことを思えば、次元がまったく違うとはいえ、
なにやら勇気づけられたものを感じました。

私事ながら、18才ごろから本格的に絵を描き始めたころは、
やはり絵を描きたい衝動や将来への不安、精神性の高みへの希求などがテーマになって
いたように思う。

学生時代の絵には(イラストなのか、絵画なのか??という議論をよくしていた)
よく「塔」のモチーフが現れていた。
仏教であれ、キリスト、イスラムであれ、宗教的精神を物質として表現した建築物
としての「塔」が、天という精神の理想や気品へすこしでも近づきたい、、、という
ある種の「救い」としての思いを絵にしていたように思う。

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”The golden tower" 1650×800 1985年 木にアクリルなど

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”I fouund that i had been deceived" 1800×1800 1986年 木にアクリルなど

こういった図象的な表現は、その後、内面的で衝動的な内容に変化していき、
「怒り」や「焦り」といった感情的な衝動を大きな画面にそのまま体ごとぶつける、、
ような表現へと変わっていった。
生活のため、表現のもう一つの柱であるデザインの仕事でのストレスや悩みなども
そのままキャンバスへぶつけていたようだった。

あれから20数年、自分の人生において、ひとつだけ自分が誇りに思えるとしたら、
常に「何かを表現したい!」というわき上がる衝動に、
自身でもあきれるほど正直に生きてきたということぐらいだ。

後先考えず、利益を計算せず、将来の設計や方策などなんにも無しに、
やりたいことだけに挑戦してきた。
ただそれだけは、誇りをもっていえます。

ただこれまでは、どうだろう、、、
やはり粘りとパワーが長続きしない。という欠点があった。
能力や技術などを、出し惜しみをするような生活をしてきたように思える。

もともと徹夜などしないタイプ、夏休みの宿題も、最初の3日くらいで
全部すませてしまうような子供だったからか、
なにごとも、必死でとりくむということをしてきてこなかった。

またそれは、一時期農業を主眼に置いていた時、あまりの自分の体力のなさに、
いかに仕事を省力化するか、、、という事を考えないと、すぐつぶれてしまう。
という危機感から、できるだけ力を出さずに、日々365日仕事をするか、、という
クセがついたからかもしれない。
そうでもしないと倒れてしまい、日々の生活がなりたたなくなるからだ。

しかし、あらためて、棟方志功さんの映像を見て、
表現には、パワーがいる!と実感できた。

永沢先生のパワーもすごい、
ゴッホのパワー、
棟方志功のパワー、
佐伯祐三の命を削るようなパワー、
エゴンシーレのパワー、
青木繁のパワー、

命を削るようなパワーを絵画に注入することができるか??
ほんとうに命を削って描いた画家は短命だったりする。

パワーのある絵も描きたいが、長生きもしたいという欲張りな私は、
絵とどのようにたちむかえばよいのだろうか、、、などと考える。

「つべこべいう前に、はやく描け!1枚でも多く描け!」

というもう一人の自分の声が、どこからか聞こえては来るのですが、、、ね。
by sketchfarm | 2011-05-29 15:54 | ひとりごと | Comments(2)

明日の中町教室

(追記)

明日は午後6時より、中町教室です。

定刻に教室で集合でお願いいたします。

天文館スケッチの現在の状況を見せていただいて、確認、チェックなどを

行う予定でおりますので、作品をご持参ください。

その後、着色作業やスケッチの描き加え作業など、各自のテーマに

取り組みましょう。

見学される方も来られる予定です。

また、下記にありますように、sさんの最後の受講日となります。

よろしくお願いいたします。


*********************************




現在、生徒さんたちが懸命に天文館の絵を制作しています。

天文館のいろんな表情をスケッチに留め、それを36景として町行く人に

みてもらおうという企画「天文館36景展」を進めています。


もちろんこれは、東京の師匠・永沢まこと先生が開催している「東京36景展」に

触発されてのこと。

これの鹿児島版をぜひ!という想いで動いています。

いまのところ、会場さがしが難航していますが、

きっと解決し、最高の展覧会になると確信しています。


ながらくスケッチ教室に通われてきたSさんが、当スケッチ教室を卒業、

さらなる向上をめざして、天文館アートスクールへ移ることになりました。

昨日、東條先生との引き継ぎのご挨拶に伺いました。

大作の制作による、県美展、女流美術展、南日美展など公募展入選・入賞を

目指した活動となるという事。

自身の内面を深く探り、表現していく前途を祝福したいと思います。

あさっての中町教室で本人よりの挨拶があると思いますので、ご参加ください。
by sketchfarm | 2011-05-11 21:45 | ひとりごと | Comments(0)

「鉄骨隊」〜学生時代のバンド活動〜

ここで書く内容かどうか、わかりませんが、
これまでいろんな表現活動にエネルギーを注いできましたが(農業もふくむ)
いろんな寄り道をしてきたなかで、バンド活動というのがあります。

中学くらいから洋楽を聞くようになり、京都芸大に入った時に軽音楽部に入り
ロックバンドを始めました。
大学2年の終わり頃でしたか、、ビジュアルデザイン同期の岡田泰彦君
(いつもバナナの絵が描いてあるTシャツを着ていたので、
あだながバナナマンといわれていました。)
から、ハードロックバンドに誘われ、口説かれました。
なんでもブラックサバスなどをしたいとのこと。

私は当時、ヘビメタと言われるジャンルを忌み嫌うというか、馬鹿にする風潮に同調しており、
形骸化し型にはまった表現に、ある種のダサさを感じていましたが、
あまりのバナナマンの熱意にほだされ、

「逆にパロディ的に面白くやるのもいいかも」
といった軽い感じで参加することにしました。 
それが「鉄骨隊」です。ヘビーメタル(重金属)というイメージから作った名前です。
1985年頃でしたか。

素肌にライダージャケット、鎖や革、ボルトやナットなどの金属で
手作りの衣装を作ったり、顔には歌舞伎やインディアン風のど派手メイクを
施して、素人ながらけっこう人気をハクしていました。
(映画「マッドマックス2」や「キッス」のパロディでもあったのですが)
動くとガチャガチャ音がして、楽器の演奏がしずらかったのを覚えています。

(同じような形?でその後「聖飢魔Ⅱ」というバンドが売れて行きました。)

当時の結成メンバーは

岡田 Gt,Vo
浜地 Gt
元橋 Dr(ここまでがVDの同期)
林  Bs(1学年下の後輩、日本画)

ブラックサバス、レッドツェッペリン、クリーム、ジミヘン、AC/DC、RATT、モトリークルー、
ヴァンヘイレン、マイケルシェンカー、UFOなどなど、これも節操無くいろんなバンドのコピーを
していました。

時代的には、80年代に一世風靡したLAメタルの影響は大きかったと思います。
後期になると、ベースの林が強く押すアースシェイカーなどの日本のバンドのコピーを取り入れ、
オリジナルも作り始めますが、硬派な選曲から、次第にポップなセンチメンタルな曲が
多くなり、メンバー内の意見の相違などが目立ち始めます。

当初は私個人としては、パロディ的にやや斜にかまえた格好で始めたバンドでしたが、
やるにつれ、演奏の面白さ、迫力、ストレートで素直な音楽姿勢、とりわけ
メンバーの真剣さに次第に惹かれていき、プロを目指していたわけではないですが、
最後はかなり積極的に活動していました。

理論的、戦略的に動き、スタイルを気にする音楽ではなく、
衝動的、直情的でありながら、形式は守りつつ(バロック音楽などに影響を受けていた)
かつ反社会的エネルギーで形成される音楽には、
自分の描いていた絵画の方向とも、ややかぶるところもあり、
その後の人生にも影響をあたえたかもしれません。
インテリではなくブルーワーカー的であり、不器用な所とか、、、

ともあれ、大学時代の4年間と卒業してからの5年くらいは、
かなりバンドに時間とエネルギーを傾倒していました。
1日に5時間はギターの練習をし、指先がプラスチックのように固くなりました。

こういう若い時のエネルギーってどこにいったの??どんな意味があったのか??
とか考えていた矢先、最近友人から、私が高校1年くらいの時から聞いていた
イギリスのバンド「サクソン」がいいね。といわれ、改めて調べてみたら
なんと今でも現役で活動している事を知りました。

しかも年はくっていますが、音楽の勢いや声などは全然衰えておらず、
むしろパワーアップしていることに感動!
あれから30年以上、いろいろ紆余曲折してきた私と違って、
サクソンのメンバーは、とにかく一つのことを続けてきた、、、ということ。

一時は人気低迷し、あの人は今、、、状態になったであろうサクソン。
しかし、あの状態を30年以上続け、60歳を超えた今もなお、
年間何十本のツアーをこなすということは、並大抵の精神と健康管理、努力ではなかったはず。

あらためてサクソンを聞き直したら、
若かった頃の元気さをほんの少し取り戻したような気分になっています。

その勢いにのってスケッチしよう!


※鉄骨隊のドラム・モトハシ君は数年前に他界。再結成は永遠にかなわないものとなりました。
ここで書いておかないと、あの伝説的バンド「鉄骨隊」の事が誰からも忘れ去られてしまうかもしれない、、と思い、恥を忍んで書いておくことにします。
高校の授業で生徒から質問があり、答えたこともきっかけでした。

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上:右がVocalのバナナマンこと岡田君。顔を塗り、鎖を巻いています。左が私。
下:右端はベースの林君。右から2番目のはしゃいでいるのがドラムのモトハシ君。
  左端の長髪が私。

時代かな、、、写真や音源、ビデオなどがほとんど残っていません。
by sketchfarm | 2011-04-16 23:22 | ひとりごと | Comments(6)